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福田のデジカメ写真ギャラリー海外編トップ 
 ***  メキシコ周遊 遺跡巡り8日間の旅 3  ***
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国立人類学博物館
ブエブラ

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メキシコシティー
テオティワカン遺跡

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ウシュマル遺跡・カバー遺跡
マヤパン遺跡
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チチェンイッツアー遺跡
セノーテ・エクバラム遺跡

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トゥルム遺跡



 *** ウシュマル遺跡・カバー遺跡・マヤパン遺跡 ***

   1,このページの写真は、2013年12月10日に撮影しました。
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     第4日目(12/10)はメリダ周辺の3つの遺跡とメリダ市内の観光、メリダに連泊。


メリダの街路樹
名前は分かりませんが南国らしい木です。

野口英世 1919年に3ヵ月いた
だけでこんな銅像ができた。

ユカタン半島はほとんどまっ平ら


 ウシュマル 世界遺産:古代都市ウシュマル 

魔法使いのピラミッドの写真3枚
これは裏側

正面側


手前に立っているのは
世界の中心、世界樹

 魔法使いのピラミッド:高さ36.5メートルの巨大なピラミッドの土台は楕円形に近い形で、長さが73メートル、幅が36.5メートルある。
            急傾斜で有名な118段の階段を上ると、頂上には神殿がある。・・・出典:フリー百科事典ウィキペディア
 世界樹:世界の中心の木「世界樹」という考えは各地にあるようで、とりあえず北欧神話ユグドラシルのリンクを貼っておいたけど、
            マヤ文明と関係ないのは明らか。

 ウシュマルは、メキシコ、ユカタン州にある古典期後期から後古典期のマヤ文明の遺跡。・・・出典:フリー百科事典ウィキペディア

尼僧院から見た魔法使いのピラミット


尼僧院の写真5枚


ヘビが2匹絡み合っている
尻尾の形はガラガラヘビ

 尼僧院:内面と外面に精巧で美しい彫刻が施されたウシュマルにあるいくつかの中庭を方形の回廊状に囲む良好に残された建造物の中でもっともすばらしい
 建物である。なお、尼僧院とはスペイン人によってつけられたあだ名で、実際には支配者の宮殿と考えられる。・・・出典:フリー百科事典ウィキペディア


ヘビの口の中に顔がある。



尼僧院の中庭


尼僧院パノラマ写真      15mm(35mm換算24mm)×3枚


上左:総督の宮殿、上右:大ピラミット
中段中央:亀の家、手前:尼僧院の壁

中庭にいたイグアナ

イグアナはどこにでもいる。



球技場のゴール(レプリカ)


高さ32メートルの大ピラミッド


60段の階段を登った
大ピラミッドからの展望


壁だけ残ったハトの家
 
帝国ホテルなどの建築家フランク・ロイド・ライトが絶賛したという総督の宮殿の写真2枚


双頭のジャガーと総督の宮殿


双頭のジャガー、この上に
生贄の心臓を置いたという。

大ピラミットの遠景



亀の家から見た尼僧院と魔法使いのピラミット

イグアナは走ると結構早い

ウシュマル遺跡の前の土産物屋

  カバー遺跡

宮殿とコズ・ポープ(仮面の神殿) 15mm(35mm換算24mm)×2枚パノラマ写真

宮殿とコズ・ポープ

  カバー遺跡はウシュマルの東南18キロメートルほどのところにあり、ウシュマルの姉妹都市として栄えた街であった。比較的小規模な遺跡であるが、
  その中には、コズ・ホープ(巻いた敷物)別名を「仮面の神殿」と呼ばれる代表的なプーク様式の神殿が建っている。  神殿外壁には360ものチャック神
  (雨の神)が飾られている。チャック神の顔には2種類あり、鼻が上を向いている時は、「雨を降らせて下さい!」、下を向いている時は、「雨を降らせて
  くれて有り難う!」を意味するという。・・・出典:あるホームページ



仮面の神殿「コズ・ポープ」の写真2枚



説明する現地ガイド東海林さん


顔の壁面



コズ・ポープの裏側


宮殿

宮殿の前庭

これも世界樹


バスの車窓から撮った写真3枚



ポインセチアはメキシコ原産

  マヤパン遺跡 マヤパンはマヤの旗を意味する。





ククルカンの城

  後古典期 前期末にチチェン イッツァが没落した後、マヤパンはユカタン半島のマヤの中心となり、 1450年頃まで繁栄が続いたようです。 後古典期後期の
  代表的遺跡として、マヤの歴史上で重要な位置を占めますが、建造物の粗末な造りからあまり見向きされず、91年版の INAH のミニガイドの写真には 
  未修復のピラミッドが掲載されています。しかし 1996年から調査が開始され、現在ではかなり建造物の修復も進んでいます。・・・出典:あるホームページ


壁龕(へきがん)の神殿

別の角度から見たククルカンの城

小さなセノーテ


円形の神殿パノラマ写真     15mm(35mm換算24mm)×2枚

円形の神殿


保存状態の良い世界樹



ククルカンの城の頂上から見たマヤパン遺跡


ククルカンの城の頂上から見たマヤパン遺跡パノラマ写真   ニコンデジカメのパノラマ機能で撮影


ククルカンの城の階段の影
冬至のころに現れるこの影は
マヤの神ヘビの象徴

この下から蛇の頭が発掘された。
ツアー参加者が蛇の頭の
代わりになっています。

結構きつい階段です。



太古は海だったようで
貝殻が混じっています。


   メリダ メリダに戻って少し市内観光です。

メリダ市庁舎

征服者モンテホの家 現在は銀行

征服者がマヤ人の頭を踏みつけている。


カテドラル

カテドラルの隣は現代美術館

カテドラルの夜景

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