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福田のデジカメ写真ギャラリー海外編トップ 
 ***  バルト3国とロシア 16日間の旅 4  ***
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リトアニア
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ラトビア
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エストニア
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サンクトペテルブルグ
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スズダリ周辺
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モスクワ

 *** サンクト・ペテルブルグ ***

   1,このページの写真は、2013年7月9〜12日に撮影しました。
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   ロシア連邦

両国の国境通過に1時間でロシアに入りました。
1時間で通過できたのはとてもラッキーだそうです。

イルーシンでしょうか、でもここは空港ではないし
機体にエンジンがついていません。

サンクト・ペテルブルグに入りました
これは凱旋門

 第9日目(7/10)はサンクト・ペテルブルグ郊外のエカテリーナ宮殿と夏の宮殿の見学、水中翼船でサンクト・ペテルブルグに戻り連泊。

  サンクト・ペテルブルク 世界遺産:サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群
エカテリーナ宮殿


 バンドが日本の曲を演奏して歓迎してくれます。エカテリーナ宮殿では我々は朝8時からの優先入場、誰もいない宮殿に真っ先に入ることができました。


   エカテリーナ宮殿:宮殿の名前は、ピョートル大帝の后でもあった、第2代ロシア皇帝エカテリーナ1世に由来する。エカテリーナがドイツの建築家を
   雇って夏の避暑用の離宮として1717年に作らせたのが最初のもので、その後、第4代ロシア皇帝アンナがロシア人建築家に命じ増築させた。第6代ロシア
   皇帝となったエリザヴェータは母のエカテリーナが建築させたものが時代遅れで不便であるとして抜本的に作り直すことを決定、壮麗・壮大なロココ調建築
   に入れ替えるよう、既に冬宮殿建設に関わっていた宮廷付き建築家バルトロメオ・ラストレッリに命じた。建設は1752年5月から4年の歳月をついやし、
   1756年7月30日に全長325メートルの現行規模の宮殿が完成した。・・・出典:フリー百科事典ウィキペディア



エカテリーナ宮殿西側庭園のパノラマ写真  15mm(35mm換算24mm)×3枚


謁見の間の写真2枚



暖炉のある部屋
 エカテリーナ宮殿は1791年、日本人の漂流民大黒屋光太夫が帰国を願うため、エカテリーナ2世に謁見した場所としても知られる。


廊下の写真2枚



絵画の間

この隣はコハク(琥珀)の間


コハクの間は撮影禁止なので隣の部屋からパチリ



緑の食堂
  琥珀の間は第二次世界大戦のレニングラード包囲戦中ナチスの兵に略奪されたが、戦後3トンの琥珀を使って修復された。


帯勲者の食堂のパノラマ写真 テーブルのリボンが勲章のリボンと同じだとか 15mm(35mm換算24mm)×2枚


エカテリーナ宮殿南側に出ました。

午前10時、朝日に輝いています。

イギリス式庭園の小宮殿グロット


エカテリーナ宮殿全景パノラマ写真   15mm(35mm換算24mm)×3枚パノラマ写真






イギリス式庭園内の乙女の泉

金色に輝くのは礼拝堂



リスがいました、人を恐れません。

 夏の宮殿と庭園





噴水から続く運河の先がバルト海の船着場

  ペテルゴフの「夏の宮殿」は、ロシア・サンクトペテルブルクから西に約30km離れたフィンランド湾南岸に位置する宮殿と庭園である。中心の大宮殿を境にして
  「上の庭園」と「下の公園」に配置された、全体で20の宮殿と7つの公園から構成されている。庭園を進むと趣向を凝らした噴水に次々と出会う。庭園内の噴水の
  数は150を超える。ペテルゴフの建設は1714年、ロマノフ王朝第4代、ピョートル大帝から始まり、1723年に完成式典が行われた。建設地はそれまで小さな港以外
  に何もない場所だった。歴代ロシア皇室により拡大・装飾され離宮として利用されていたペテルゴフの夏の宮殿と庭園だが、1917年のロシア革命の後は博物館群
  として公開されている。・・・出典:あるホームページ



中央の噴水は「獅子の口を裂くサムソン」の像  15mm(35mm換算24mm)×2枚パノラマ写真


夏の宮殿全景パノラマ写真    15mm(35mm換算24mm)×2枚


「獅子の口を裂くサムソン」の噴水

15mm(35mm換算24mm)×2枚パノラマ写真


竜の噴水

ローマの噴水

アダムの噴水

 
最後に海側からの夏の宮殿と庭園の写真2枚

水中翼船でサンクトペテルブルグに戻りました。


水中翼船の船着場から見たネヴァ川  15mm(35mm換算24mm)×3枚パノラマ写真


旧貴族の館で夕食の写真3枚

ピアノ演奏つき

食前酒はスパークリングワインです。

 第10日目(7/11)は1日サンクト・ペテルブルグ市内観光、夜にはバレーなど見物してサンクト・ペテルブルグに連泊。


ニコライ聖堂の写真3枚




イサーク広場ニコライ1世像


聖イサアク大聖堂


元老院広場の青銅の騎士
ピョートル1世像)


なにやら変な写真になってしまいましたが、イサーク広場360゜パノラマ写真
15mm(35mm換算24mm)×7枚 三脚を使わないとこうなります。

  血の上の救世主教会
 
この2枚は15mm(35mm換算24mm)×上下2枚のパノラマ写真
 

 血の上の救世主教会:公式名は、ハリストス復活大聖堂。このほか、血の上の教会の名称でも知られる。この名称は、1881年3月13日の
 ロシア皇帝アレクサンドル2世暗殺によるもので、教会が建つ場所は、皇帝遭難の地である。・・・出典:フリー百科事典ウィキペディア

  血の上の救世主教会内部の写真7枚


  冬宮殿 エルミタージュ美術館

宮殿広場の写真3枚

中央に立つのはアレクサンドルの円柱

エルミタージュ美術館

 冬宮殿は、サンクトペテルブルクにあるかつてのロシア帝国の宮殿である。冬宮(とうきゅう)ともいい、ロシア皇帝の冬季の王宮として
 1754年〜1762年の間に建設された。緑と白の石材を用いたロココ建築は1,786のドアと1,945の窓がある。宮殿の北側はネヴァ川に面し、
 南側には宮殿広場が広がる。帝政時代は王宮として機能し、最初に使用したのはエカテリーナ大帝十月革命後、建物はエルミタージュ
 美術館
の本館となった。同宮殿はエカテリーナ宮殿などのその他の建築物とその周辺とともにサンクトペテルブルク歴史地区と関連建造
 物群として世界遺産に登録されている。・・・出典:フリー百科事典ウィキペディア

 エルミタージュ美術館の起源はエカチェリーナ2世が1775年に建てた自身専用の美術品展示室であり、一般に公開はされていなかったが、
 1863年に初代館長となったゲデオーノフによって市民も観覧が可能となった。 1917年のロシア革命後は貴族から没収されたコレクションの
 集積所となった。1918年には冬宮に存在したすべての研究、管理組織を建物ともどもエルミタージュ美術館として統合することが決定され、
 この統合作業は第二次大戦後に完了した。・・・出典:フリー百科事典ウィキペディア


大使の階段

大使の階段を上るのはガイドのオレガさん。








時計仕掛けの黄金の孔雀
グリゴリー・ポチョムキン公爵エカテリーナ2世へのプレゼントとして送られた孔雀時計

パビリオンの間のモザイク




ラファエロの回廊


レオナルド・ダ・ヴィンチ
聖母ブノワ

ラファエロ 聖家族






孔雀石(マラカイト)の花瓶


聖ゲオルギウスの間のロシア皇帝の玉座 後ろにはロマノフ家の紋章・双頭の鷲が見えます。

皿にサラダなどを盛って、食べていると
蛇がでてくるという意地悪な仕掛け

   エルミタージュ美術館外観の写真3枚


宮殿広場パノラマ写真  左:エルミタージュ美術館  中央のアーチのある建物は旧参謀本部
15mm(35mm換算24mm)×3枚


花の王冠

ペトロパヴロフスク要塞と黄金の尖塔




エルミタージュ美術館の裏側のネヴァ川、赤い柱のロストラの灯台柱が見えます。  広角写真の上下をトリミング
ロストラの灯台柱は海戦勝利の記念柱、赤い柱には切り取った敵船の船首(ロストラ)が埋め込まれています。

  聖イサアク大聖堂

聖イサアク大聖堂とピョートル大帝像

聖イサアク大聖堂

聖イサアク大聖堂内部の写真5枚






色の違う石を組み合わせた像


  夕食後、マリインスキーU劇場にてバレー鑑賞。

手前:マリインスキー劇場
奥:マリインスキーU劇場

正装のレディーもいます。


公演中は写真が撮れません。
下の写真は終演の挨拶

 マリインスキー劇場は豪華内装で知られユネスコの世界遺産にも登録されている。こちらでバレーが見られると
 期待していたのにマリインスキーU劇場だったので、がっかりしているツアー参加者が複数いました。


エメラルドのシーン

ルビーのシーン

ダイヤモンドのシーン

  食事の写真集

7月10日昼食前菜とメイン
ピロシキボルシチ

7月10日夕食メイン
ビーフストロガノフ

7月11日夕食メイン
スズキのポーランドスタイル

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