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福田のデジカメ写真ギャラリー海外編トップ 
 ***  バルト3国とロシア 16日間の旅 6  ***
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リトアニア
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ラトビア
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エストニア
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サンクトペテルブルグ
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スズダリ周辺
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モスクワ

 *** モスクワ ***

   1,このページの写真は、2013年7月14〜16日に撮影しました。
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           第14日目(7/15)は1日赤の広場などのモスクワ市内観光、モスクワの2連泊。

    コローメンスコエ 世界遺産:コローメンスコエの 主の昇天教会

主の昇天教会

白壁と翡翠色の屋根が美しい
昇天教会の門

カザン聖母教会

 コローメンスコエは、ロシアの首都、モスクワの南、モスクワ河岸の高台にある地区。コローメンスコエの名称は、モスクワ南東部コロムナ
 街道の起点であったことに由来する。1960年代モスクワ市に合併された。 1925年にコローメンスコエには野外文化財博物館が設置され、歴
 史的建築物が保護された。1994年コローメンスコエの主の昇天教会は、ユネスコの世界遺産に登録された。・・・出典:フリー百科事典ウィキペディア


身長204pのピョートル大帝と並ぶと
さすがの私も小柄に見えます。

ピョートル大帝の木造の館

スパスキエ門


モスクワ川を渡る地下鉄
特に意味はありません。

何かのオブジェ


トレチャコフ美術館
中には明日入ります。

モスクワ川に架かる橋にたくさんの錠
若い恋人たちの愛の誓い

船に乗ったピョートル大帝

大きな建物はスターリンゴシック様式と言う
アパートや大学などいくつかある。

  赤の広場 世界遺産:モスクワのクレムリンと赤の広場

赤の広場が見えてきました。

聖ワシリイ寺院

クレムリンのスパスカヤ塔

  赤の広場の「赤」は城壁の色の赤とも、共産主義の赤とも関係なく、元々ロシア語では「美しい」という意味もあり、
  広場の名前は本来「美しい広場」というものであった。


レーニン廟国立歴史博物館

国立歴史博物館とグム百貨店

グム百貨店


グム百貨店  聖ワシリイ寺院        スパスカヤ塔                  レーニン廟     国立歴史博物館
15mm(35mm換算24mm)×3枚パノラマ写真  三脚を使わないのでうまく撮れません。


レーニン廟

レーニン廟に祀られている人の胸像

右:国立歴史博物館

  グム百貨店の写真4枚 「グム」とはロシア語で「総合百貨店」を意味する略称である。
  かつては国立だったが現在は株式会社、売っているのはアイスクリーム以外ほとんど外国製品。


聖ワシリイ寺院とスパスカヤ塔

クレムリンパノラマ写真   15mm(35mm換算24mm)×2枚

  聖ワシリイ寺院内部の写真6枚

  聖ワシリイ寺院から見た写真3枚




赤の広場では雷雨に見舞われました。


聖ワシリイ寺院から見た、
赤の広場とは反対モスクワ川側の写真

名残の聖ワシリイ寺院の写真2枚

バスの車窓から撮った救世主キリスト大聖堂



カザンの聖母聖堂 ソ連時代、赤の広場の
パレードに戦車が入るのに邪魔になってこの教会は爆破されたそうです。1990年代に再建された。
世界遺産:ノヴォデヴィチ修道院の建造物群

ノヴォデヴィチ修道院 
この湖はチャイコフスキー白鳥の湖
着想を得たという。今は鴨の湖!!


真ちゅうの鴨、このカモたちは
時々盗まれるという。


 ノヴォデヴィチ墓地 有名人の墓がたくさんありますが、国家の最高指導者だったのにレーニン廟に祀られなかった人の墓の写真を2枚載せます。

フルシチョフの墓

エリツィンの墓 ロシア国旗のデザイン
  アルバート通り

アルバート通りは歩行者天国


モスクワの原宿なんて説もあります。


若者が集まって歌っています。
はLiberty?

黄金の像の泉

プーシキンと奥さんの像

しょぼくれたおじさん

お土産やさん
マトリョーシカなどを売っています。

  第15日目(7/16)は帰国日、午前中クレムリン内の宝物殿・ダイヤモンド庫・などを見物して夜8時の便で帰国の途に付きます。

  クレムリン

クレムリンの赤い城壁



左:武器庫などのある建物と入る
ための行列 右:大クレムリン宮殿


左:ヴォドウズヴォドナヤ塔
右:ボロヴィツカヤ塔 間から救世主キリスト大聖堂のドームが見えています。

 クレムリンの塔:クレムリンを囲繞する20の尖塔。1937年のロシア革命20周年を記念して、トロイツカヤ塔、ホロヴィツカヤ塔、
 ヴォドヴズヴォドナヤ塔、スパスカヤ塔、ニコリスカヤ塔の先端には、ウラル山脈から採掘されたルビーで作られた直径3メートル
 になる赤い星(クレムリンの赤い星)が輝く。・・・出典:フリー百科事典ウィキペディア

 武器庫(武器宮殿、アルジェイナヤ・パラータ):武器庫とあるが、後に戦利品やロマノフ家の宝物を保管するようになり、1720年
 ピョートル大帝の勅令によって美術館となった。コレクションには、13世紀から18世紀の武具・武器、14世紀から19世紀の織物、
 宮廷衣装、ロマノフ家の馬車などがある。残念ながら撮影禁止・・・出典:フリー百科事典ウィキペディア

 ダイヤモンド庫:189.6カラットもあると言う有名なオルロフのダイヤモンドや、小さいダイヤをピッシリ貼り付けたエカテリーナの
 王冠など、大量のダイヤモンドを見て目がちかちかしてきました。ダイヤモンド庫は必ず見られるわけではなく、見られただけでも
 ラッキーだそうです。こちらも内部は撮影禁止、警戒厳重で少し大きな声を出すとシーと制止されました。


左端:ブラゴヴェシェンスキー大聖堂
右:ウスペンスキー大聖堂

左:ウスペンスキー大聖堂
右:イワン大帝の鐘楼

左:イワン大帝の鐘楼
右:アルハンゲリスキー大聖堂


ウスペンスキー大聖堂の入口

ブラゴヴェシェンスキー大聖堂教会の
写真3枚




重量200トンの鐘の皇帝(ツァーリ・コロコル)一度も鳴ったことのない
鐘あまりに重過ぎて持ち上げられなかったのと、1737年に生じた火災の折、一部が欠損してしまったためである。

世界最大のカノン砲、40トンの大砲の皇帝
ツァーリ・プーシュカ)一度も撃った
ことのない大砲。弾のサイズが合わないとか


大統領執務室のある建物、
旧元老院(カザコフ館)。
大統領旗が揚がっています。
(大統領が留守でも揚がる)


左:クレムリン大会宮殿
右:ニコリスカヤ塔

左:ニコリスカヤ塔 右:元老院






アレクサンドロフスキー庭園の向こうに
救世主ハリストス大聖堂が見えます。

クレムリンの衛兵

クレムリンから出てきました。


ボリショイ劇場


ボリショイ劇場前の広場にある
カール・マルクス

最後の食事をとったレストランにあった
赤の広場の壁画

  トレチャコフ美術館 昨日外観だけ見たトレチャコフ美術館、今日は中に入ります。

トレチャコフ

トレチャコフ美術館の絵の写真5枚

クラムスコイ「見知らぬ女


サマルカンドレギスタン広場
シェルドル・メドレセの絵です。

こちらはウズベキスタンヒワか、
どちらも旧ロシア領です。



名残のモスクワ、モスクワ川の錠の木
遠くに大クレムリン宮殿


モスクワで右ハンドルの日本車を良く見ました。
中古車を輸入したようですが、最近は中古車の
関税が高くなって大分減ったそうです。

帰りの飛行機では北極圏に沿って
飛ぶため、沈まぬ太陽が
地平線上を一晩中輝いていました。

  食事の写真集

7月15日昼食メイン ペリメニ(ロシア風水餃子)水餃子にサワークリームがのっているのですが
添乗員持参の醤油をかけて食べました。
日本人にはこの方がおいしい。

7月15日夕食メイン 豚肉のシシャリク(串焼き)ヨーロッパでパンがおいしくありません。デニーズの石釜パンのほうがよほどおいしい。ヨーロッパはパンの国と思っていたのにどうしたことでしょう。

7月16日昼食メイン サーモンの野菜添え



 モスクワ出発が遅れたため、成田到着が30分遅れの17日午前11時ごろになりましたが、午後2時過ぎに無事帰宅することができました。

 今回最初に行ったバルト3国は日本ではあまりなじみがなく、同じような国が3個並んでいると思っていましたが、今回行ってみて3国が
 それぞれ民族・言語・文化の違った国であることが分かりました。このような小国なため近隣の大国、ロシアスウェーデンポーランド
 に何度も侵略された苦難の歴史があったようです。このため1991年のソ連邦崩壊の前後に独立すると、2004年に3国ともEUに加盟
 したのも、再び苦難の歴史を繰り返さないためでしょう。このツアーは本来15日間のツアーですが、今回はリガの歌と踊りの祭典の期間
 と合っていて1日多い16日間のツアーでした。その分充分に楽しめた日程でした

 ロシアで印象的だったのはやはり、ロマノフ王朝の華麗な文化とロシア正教でした。特にスズダリ周辺にはロシア正教の象徴のネギ坊主
 の教会がたくさん点在しています。宗教を否定するソ連の時代を経たのに、正教会の中で祈る敬虔な信者の姿を見ると、宗教の力を実感
 させられました。このネギ坊主はイスラム教モスクミナレットのように写真の被写体としてはまことに絵になる好適な題材でした。

 出発前の予想通りに、朝夕はTシャツ1枚では寒いぐらいで、好天にも恵まれて快適な旅行ができました。
 今回のツアーはご夫婦4組・女性の2人組みに、1人参加が男性3人女性2人と言うメンバーでしたが皆さん旅なれた方ばかりですぐに
 打ち解けて16日間と言う長丁場を快適に過ごすことができました。ありがとうございました。添乗員・今井さんお世話になりました。
 今回のメンバーとは世界のどこかで、またお会いすることがあるかもしれません。それまでお元気で、さようなら!!

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